Jun 1, 2012
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May 31, 2012
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■[雑文]環境という足枷133

http://d.hatena.ne.jp/kamosawa/20120527

 雪駄さんが貼ってたんで読んでた。

 えーとね、これほんとう。いまちょっと気力ないんでうわーって書くことできないけど。あ、前にもたぶん似たような内容どっかで書いてます。

 どこが本当かっていうと、教育は機会において平等じゃないってこと。

 ブコメの言葉を借りると「寿司屋がバカでもできる」ということではなくて「寿司屋以外に選択肢がない」ことが問題なのかな。まあこの場合の「寿司屋」は「特に学歴なくても参入できる仕事」くらいの感じ。少なくとも、寿司屋になるためには、大卒じゃなきゃだめってことはない。これは学力の有無やら知性の問題やらとはまったく別。単なる資格の有無。

 でなー、勉強できるっていうのはどういうことかっていうと、ごく大雑把にいうと「知識詰め込んでそれを運用できる」ということだと思うわけだ。体系的な知識を入れるトレーニングが勉強ってやつだ。体系的のは、化学だったら化学、日本史だったら日本史で、相互に知識がばらばらってことはない。昨日、バイトに酒について説明してたんだけど、アルコール発酵とか蒸留とか教えんのにすごく苦労すんのね。背後に体系がないってことは「腐敗」と「発酵」が本質的には同じ現象なんだよっていうのが理解できないってこと。表面上だけ見れば、酒は飲めるじゃん。腐ったごはん食ったらやばいじゃん。しかも液体と固体じゃん。そういう「目の前に見えるクソ現実」ってものを乗り越えるためには、この世には細菌とか微生物とかいるっていう知識が必要。んで、できればそれが化学式に表し得るってことまで知ってくれると、アルコール発酵について説明しやすい。しかしそのためには化学式なんぞやその前に周期表をだな、みたいな話になる。

 人が世界のなりたちを解き明かしてきた歴史ってそりゃ長いわけで、それをコンパクトに凝縮した体系を教えてくれるわけで、そりゃ覚えることも多いだろう。んで結局はものごとの因果関係みたいなもんの説明になるわけだ。そんでその因果関係を自分で運用できなきゃいけなくて、それを教えてくれる人が先生なわけだけど、でも、いくら事理を尽くしたところで、教えるってのは、最後の最後の部分では、本人のジャンプ待ちみたいな部分がある。そのジャンプをいかに軽々とできるか、その脚力みたいなもんが、勉強できるかどうかの分かれ目だと思う。

 これは資質。深く考えりゃキリないんだろうけど、ざっくりいえば「持ってる人は少なからずいる」ということで。

 問題は、その「持ってる資質」に勉強っていう体系を与えられるかどうかなんだ。勉強には適齢期ってもんがあると思ってる。高校に入ってから九九を覚えても、その後に続く運用にかなりの障害がある。これは特に国語力ってものに顕著で、たとえば、小学校あたりで「正しくカナを読む能力」みたいなのの獲得に失敗した人って、そのあとの文章読解力に相当の悪影響がある。

 あの、プリンターの「インクジェット」ってあるじゃないですか。俺、あれ一発で読めない人って10人くらいは見てきたんですよね。「インジェクト」って読んだり「インクジェクト」って読んだりする。読めない、らしいのね。もうこの手の人たち「コミュニケーション」とかまず読めない。「セクシュアリティ」とかもダメだろうね。また、例として出した「インクジェット」だと、これを「インク」と「ジェット」に分解でぎないんですよ。それぞれの単語に関するイメージがあれば「インクジェット」と「プリンタ」を連関させるのってさほど大変じゃない。それができない。

 こういう問題って、特に漢字において顕著にあらわれるんだけど、漢字を使いこなす能力の欠如って、抽象概念をうまく扱えないっていう結果になってあらわれるのね。抽象概念ってラベリングじゃないですか。言葉によって輪郭与えられる部分ってかなり大きい。もっと大きくいえば、この立場では思想ってものがわかんないよね。この世界をシステムとして説明する言葉のすべてがまったくわかんない。

 で、こういうのがすべて「与えられるべきときに、与えられなかった」結果だと俺は思ってる。

 もちろん例外はありますよ。たとえばうちは、父親が中卒で、それも俺が物心つく前に死んでて、義父もやっぱ中卒。母親は定時制中退。ただ、環境っていうことでいうと、母親って本だけはアホみたいに好きな人だったんですよ。いまでも趣味で国語のセンター問題とか解いてるらしいんだけど、かなり行けるらしい。ただ、進学に関してはあんまり熱心じゃなかった。

 というより、ふつう低学歴で育ってきた人って「教育にコストをかける」っていう考えかたがあんまりないんですよ。所得の問題もあるかもしんないです。現実的に金かけられないって。でもより重要なのは「学歴なんてあってなんになる。それより手に職をつけろ」ってまず考えるっていうこと。

 これね、親自身がホワイトカラーの世界をあまり知らないからこうなります。つまり「あいつらがなにやってんだか実際のところはわからん」ということ。知的世界へのアクセス方法がないからです。具体的には本な。このへん、数多い例外を見ないで、大雑把な傾向として書いてます。まあ本は読むかもしんない。でも専門用語っぽいの入ってくるとアウトですよ。まあ週刊大衆くらいは読むかもしんないけど、今度はそれを批判的に検証する手段がない。ああいう雑誌ってほら、たいてい政治家は陰謀ばっかやってるし、金持ちは金のことばっか考えてるじゃないですか。金持ちだって人間なんだから、うんこするし、便秘で悩むかもしんないし、あるいは子供のころに誓った崇高な志とかいまでも持ってたりするかもしんないじゃないですか。そういう「あらゆる可能性」を考慮に入れて検証する手段を持ってない。

 そんで、かつては別にそれでもよかったんすよね。ほら「解体屋ゲン」とかあるじゃないですか。ああいう仕事で叩き上げて一人前になるぜーって希望が用意されてた。いま、それがないわけです。希望ない。そんで、そこの子供たちは、希望のない大人を見て育つ。この「勉強できなかった人たちの世界」の閉塞感っていまほんとすごい。小悪魔アゲハなんで売れたか知ってます? あれが、ある種の階層の女の子にとって憧れの「きらびやかな」世界だからですよ。現在自分が置かれた立場から想像しうる「きらびやかな世界」はあそこなんですよ。だからあの雑誌、地方に行けば行くほど売れる。現実と夢の妥協点がそこだったの。職業に貴賎はないのかもしんないけど、そこから先の選択肢が可視範囲に入らないってのはいいこと? 会計士は? 弁護士は? 政治家は? かわいいお嫁さんは? 最初からそれらが自分と「無縁なもの」と切り捨てないと、あるいは切り捨てるもなにも「見えない」くらいに遠くないと、こういう結果にはならんでしょう。


 ところで希望って世界中に実は転がってるんすよ。世界広いから。まあ絶望も転がってるかもしんないですけど、そういうの全部ひっくるめて世界は広大です。ところで、その広大さ、深さというものに到達するには学力がいるんですな。いま情報化社会らしいですけど、情報化社会への入口って、一定以上のラインに到達しようと思ったら、グーグルの検索語入れるとこが窓で、出てきた結果が景色で、その景色から取捨選択する能力が必要になるんですけど、それってまさに学力です。端的には日本語読解能力ですわな。まあ本でもいいや。とにかく「文字」なんです。自分のベタな経験を文字にする能力、他人のそれが文字に変換されたものから「なにか」を拾ってくる能力、そういうのいる。

 そもそもそういう人たちPC持ってないし、ケータイ持っててもなんかゲームやってるし、そもそもPCの必要性すら理解できんですわな。

 でもねー、資質って残酷なもんで、教育を与えられかどうかと無関係に、資質のある子って理解が早かったりするんですよ。仕事もできる。ただ、一定ラインで「こつん」と壁に突き当たる。それは俺の仕事であるコンビニでいうと、店内での仕事は完璧にできても、小売業界を広く眺めて、そこから今後の流れとかを汲み取ってきて、それを今後の経営方針に反映する、みたいなところができない。経験レベルで得られる知識を越えた範囲のものが必要とされるから。


 ちなみにこういう人たちの世界っていうのは、いわゆる高学歴の人たちからは「見えない」。

 や、俺、日常生活で大卒の人間ってまずほとんど見ないんすよ。本部の社員くらい? コンビニの仕事やってて、社員採用もしてなくて、地元のパート・アルバイトで回してて、まあうちのあたりだと客層にも大卒の人が極端に少ない。つーかスーツ着た人間ほんっと来ない。もしネットがなかったら、俺個人の交友関係にも大卒の人ってほとんどいなかったと思います。

 ただ、俺にはたまたまネットがあったじゃないですか。そうすっとガチの高学歴ホワイトカラーの知人ってのもできたりするんですけど、やっぱ「初見のカタカナ単語をちゃんと読めない人たちがそう珍しくない世界」ってのは見えないらしいですな。話としては聞くけどほんとにあんのかそんなもん、みたいな。いや、ありまっせここに。

 だからほんと思いますな。そういう「資質はあるけどあきらかに教育を与えられなかった高校生」みたいなの見ると、もうちょっとどうにかなんなかったのかなーって。だって、資質って無条件で活用されることを望むんですよ。走れる足は走りたいんですよ。投げられる腕は投げたいんですよ。だけどこの場合「君の足は速く走るのだ」と伝えるのに、高校生になってからでは遅すぎるんです。「知的」な世界って、足の動かしかたにトレーニングいる世界ですから。

 そこで親を初めとしたもろもろの環境は、彼、あるいは彼女にこう伝えるわけです。


 おまえは、走る必要はない。

環境という足枷 - G.A.W.
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20120528/1338173209
May 31, 2012
May 31, 2012

1 風吹けば名無し 2012/05/25(金) 16:33:27.71 ID:5UTc0d0/
そしたら西口の球数が120を超えてたんですよ
あー こりゃヤバいかなあーって
フッと気がつくとマウンドにいるはずの西口がいなくなって
岡本篤が投げてるんですよ
嫌だなぁ~怖いなぁ~って
気がついた時には3点あったはずのリードが

無くなっていたんです

稲川淳二 「西武勝ってるなーって (via caravanserai)

(via fffkkkdddddd)

May 31, 2012

5月 4th, 2012 by admin
大学生の就職率があいかわらず悪い。ウチの学生たちもみんな苦戦している。しかしおかげさまで俺のゼミ生はそんな状況でもかなり調子がいい。企業のみなさまありがとうございます。

それでも数名は進路が決まらないまま卒業していく。心配なのでたまにメールしているのだが、今年卒業したメンバーは、実家に帰って公務員や資格の試験の浪人をする、などの場合をのぞき、ほとんど内定を得ることができた。卒業してからも3名ほど内定をもらっているのだが、どこで見つけたのかいろいろ聞くと、普通にハローワークに行ったらしい。

それにしても就活大変やな。特にここ数年はほんとうにみんな苦戦している。3回生の夏にインターン行ってから卒業まで1年半も就活続けるやつがいる。教員としてはほんとうに悔しいし腹立たしい。

それでも既卒を中心にハロワですぐに内定取るやつがたくさんいて、話をきくと確かに地味な中小が多いがなかなかのんびりした昭和な感じの会社も多くて、もうこれは職探しの手段としてはハロワ最高ちゃうん、って思って、苦戦してる学生にめっちゃ勧めてるんだけど、あれっと思うほど反応が悪い。

やっぱり社会学勉強してる身としてはすごい興味があるから就活の話や卒業してからの仕事の話はほんとうによく聞くんだけど、だいたいものすごいブラックなとこって、誰もがあこがれるサービス業の最前線、たとえばブライダルとかそういうところに多いような気がする。そういうところはみんなあこがれるし、リクナビなんかでも人気があるし、エントリもものすごい数が来るらしい。でも、もちろん全部じゃないけど、カスタマーと直接接するところの仕事はほんとうにクレームも多くて社内教育も厳しく、労働条件も悪いところがたまにある。

もちろんハロワで見つかる会社にブラックがぜんぜんないっていう話ではぜんぜんなくて、そうなんじゃなくて、どうせ同じならムダに苦労することないと思うんだけど、っていうことやねんけども。やたらと競争率の高いところに行こうとして無理して長い期間しんどい就活しなくても、給料に差は無いんだから、ハロワで地元の中小企業探して、あとはのんびりと最後まで学生生活楽しんだらいいと思って、かなりアツくハロワ推しをしてるんだが、なんかあんまり反応がない。

それで学生たちになんでハロワ行かないのって聞いたら、まあ聞いたらなるほどって思いましたけども、「ハロワに行くのって『職探し』って感じがするんですよー」って言われたときはびっくりした。いやお前らいまやってるの職探しやろ。違うのか。

いろんな学生に聞いたら、ハロワについてはだいたいこんな答えがかえってきた。俺が「こんな感じ?」って聞いて「そうそう」ってかえってきたやつも含む。

・ハロワが紹介してるような中小企業に「感情移入」できない
・そういうところに行くモチベーションがわかない
・「50代ぐらいのおっさんがいくとこ」っていうイメージ
・「ガチの失業者がいくとこ」っていうイメージ
・そもそも最初から選択肢に入っていない
・「お役所」っていう感じ
・まわりの誰も行ってない

たいへん興味深い。じゃあ逆に、おまえらにとって就活って何なん? って聞いたら、

・大学の行事
・みんなで一緒にやるもの
・大学の授業の一環
・サークルみたい

もちろん「じゃないことはわかってるけどそんな感じ」っていうことなんやけど、これはもうほんとに「はああああああ、なるほどなああああ」って思った。

だいたい就活っていうと、スーツ買って写真とって履歴書の書き方勉強して、リクナビやら何やらの大手サイトに登録して、SPIかなんかの勉強して、大学主催の業界セミナーとかいろいろ参加して、大きななんちゃらドームでやってる「就職博覧会」みたいなん行って(意味ないから行くなって言うてるけど)、ゼミでもサークルでも集まるともう就活の話ばっかりして、GWすぎぐらいから病んで女子は「専業主婦になりたい」とか言いだして、まわりの友だちがひとりずつイチ抜けしていくのにやきもきして、とかそんな感じなんだけど、なんかハタで見てるとほんとに「みんなで一斉に同じことしてる」って感じがする。ぜんぜんひとりで個人としてやってないっていうか。

詳しく書かなくてもわかってもらえると思うけど、たしかにそのまっただ中にいる学生にとっては、「一斉に始まって一斉に動く」就活は、もちろん企業側の動きも含めて、「大学のカリキュラム」に含まれているように感じられるに違いない。

ぜんぜんひとりになってない……。企業の側も「ひとりの人間」を採ろうとしてない。なんか学生も企業も集団で一斉にタイミングを合わせてやってる感じ。だから乗り遅れるとダメージがでかい。1年や2年ちょっとのんびり勉強しよかなと思っても許されない。

蝉か。

こういう就活を続けて内定取れなかったやつが、方向を変えてハロワであっさり就職先を見つけていくのを見るにつけ、そしてそして、大多数の学生がしんどいことを長期間やって貴重な学生生活が削られてるのを見るにつけ、ほんとうにもったいないと思う。

ただこれは、強調タグを付けて言いますが、学生が贅沢に選り好みしている結果ではない。

企業側が新卒一括採用にこだわって「年中行事」みたいな採用しかしないから、学生たちがつくりあげる「中間集団」において、ほんらいは合理的・個人的におこなわれるべき就職活動が「シューカツ」と呼ばれ、非常に非合理的・集団的な意味付けがされてしまうのである。

経済的状況や政治、歴史などのマクロな構造とその変動は、個人に直接届くわけではなく、かならず家族や友だち、学校、会社、地域社会などの「中間集団」における解釈と実践がフィルターになっている。われわれは個人でなにもかも行動したり判断したりできるわけではなく、例えば特定の行為が、その個人にとってどれくらい利益をもたらすものであるかよりもむしろ、そういう中間集団においてどのような意味付けがされているかのほうが大事だったりする。

学生に限らず、われわれはみな、こういう中間集団における意味付けによってがんじがらめに縛られているのである。

これを図に表すと以下のようになる。

というわけで、「シューカツ」というものは合理的な求職活動ではなく、企業側の「新卒一括採用」という謎の慣習によって、学生側の中間集団によってまるで「大学のカリキュラムのひとつ」のような意味付けがされてしまっていて、なかなか「よくあるパターン」から外れたことがしにくいのである。というわけでもっと大学のキャリアもハロワや中小企業推したらええと思うんだけど、なんか大学の「就職率自慢ページ」でも大企業の名前ばっかり出てくるし、なんかもう企業も学生も大学も、みんなもっと合理的になれ! 

まあでも学生わるくない。学生わるくないよ、ほんと。

sociologbook » Blog Archive » シューカツと就活のあいだ
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